COLUMN

なぜ中国の若者は日本で「ゴルフ」を楽しむのか 憧れ体験の新潮流
【インバウンド・アウトバウンドマーケティングトレンド連載 Vol.7】

小紅書(RED)発の"ゴルフ旅"から読み解く、撮る・始める・打ち込む3つの楽しみ方

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当社は、インバウンド・アウトバウンド領域におけるマーケティング支援に注力しており、調査・分析を担う「インバウンド消費行動研究室」と、広告主企業のマーケティング支援を担う「インバウンド事業本部」の2つの専門組織を有しています。

本連載では、両組織が蓄積してきた調査研究・マーケティングの知見をもとに、各国の旅行者の行動や価値観、最新のマーケティングトレンドを読み解きます。

第7回は中国市場を取り上げます。中国ではゴルフは長く一部の富裕層のものでしたが、現在では小紅書(RED)を中心に、日本のゴルフ場で過ごす様子を発信する"ゴルフ旅"への関心が、プレー経験のない若い世代の女性にまで広がっています。本記事では、研究室の中国出身の調査員が中国のSNSと現地の両面から捉えた最新トレンドをもとに、中国向けインバウンド戦略のヒントを解説します。

邱 凱

株式会社サイバーエージェント インバウンド事業本部

邱 凱

2009年に留学で来日し、卒業後は約10年間、日中間の越境EC事業に従事。2025年にサイバーエージェントへ入社し、現在はインバウンド事業本部にて、中国・台湾・香港を中心に、海外メディアの開拓や現地パートナーとの事業連携を担当。各市場の消費者インサイトや訪日旅行者の行動特性を踏まえ、SNS・旅行予約サイト・決済アプリなどを活用した施策の企画・提案を支援している。現地企業との交渉から広告商品の開発、営業支援まで幅広く携わるほか、KOL施策やAIタレントの活用、日本発IPの海外展開にも取り組んでいる。

中国の若者に広がる"日本でゴルフ" なぜ今日本なのか

ー今回は、中国の若い世代の間で広がっている「日本でゴルフ」というトレンドを取り上げます。まず、どのような現象なのでしょうか?

邱:背景にあるのは、「オールドマネー風」という世界的な流行です。代々の富裕層のような、ロゴに頼らず素材やシルエットで上品さを出すスタイルで、いわば"憧れのライフスタイル"への関心の高まりです。最近、中国のSNSである小紅書(RED)では、その憧れの世界を体現する舞台として日本のゴルフ場が選ばれ、富士山を背にゴルフ場で過ごすVlogが数多く投稿されています。主役はゴルフをしている様子ではなく、芝生や富士山、夕焼け、そしてそこに立つ自分。調査員によると、こうした投稿はプレー経験のない若い女性にまで保存されていて、なかには「人生初のゴルフは日本で」と考える人も出てきているそうです。つまり、憧れのライフスタイルを"手の届く体験"として楽しむ、新しい潮流が生まれているのです。

ー観光でゴルフというと一部の富裕層のイメージでしたが、ずいぶん裾野が広がっているのですね。

邱:そうなんです。背景には、中国と日本の「ゴルフのしやすさ」の違いがあります。中国ではゴルフは長く特別な人のものでした。新しいゴルフ場の建設は2004年に制限され、2017年には全国683コースのうち111コースが、土地や水の保全を理由に閉鎖されたと発表されています(※1)。今もコースは少なく、料金も高いままです。

一方、日本では平日なら1万円前後で回れるコースが多くあります。同じ予算で、中国では1ラウンドのところ、日本なら複数ラウンド回れることも珍しくありません。しかも日本のゴルフ場は、2002年をピークに年々減り続けています(※2)。ゴルフ人口そのものも縮小が続き、プレーするのは男性が中心で、女性や若い世代はまだ少ないのが実情です。つまり日本側には、若い世代や新しい客層を迎えたいという事情があります。

ー来たい人と、迎えたい場所の事情が、ちょうどかみ合っているんですね。
邱:まさにそこが面白い点です。調査員は、日本と中国でゴルフのイメージが逆方向から近づいている、と指摘しています。日本のゴルフは「接待」のイメージから、若い層や女性も楽しむ「普通のアウトドアレジャー」へ。中国のゴルフは「一部の特別な人の遊び」から「豊かな家庭の教養や趣味」へ。どちらも「ステータスの象徴」から「スポーツそのもの」へ向かう途中にあります。だからこそ中国の方の目には、日本のゴルフ場が、格好よさと気軽さを同時に手に入れられる場所に映っているのです。

「撮る・始める・打ち込む」訪日ゴルフ客の3タイプ

ーひとくちに中国からのゴルフ客といっても、楽しみ方はさまざまなのでしょうか?

邱:大きく3つのタイプに分かれると考えています。公開された統計はないため、小紅書の投稿と現地での聞き取りにもとづく整理です。

1つ目は「撮る人(映え派)」。
20〜30代の都市部の女性が中心で、小紅書をよく使うリピーター層です。普通の日本旅行の中に1日だけゴルフを入れ、プレーは1ラウンド、時には練習場だけのこともあります。小紅書には「初心者でも、景色を見るだけで価値がある」という声が多く、「数百元のプチプラコーデでも、お金持ちのお嬢様に見える」といった感覚がこの層を支えています。比べているのは、他のゴルフ場ではなく、着物体験や懐石料理といった「日本ならではの体験」です。

2つ目は「始める人(体験派)」。
20〜30代の都市部の中間層で、室内ゴルフや練習場には行ったことがあるけれど、コースにはまだ出たことがない人たちです。

3つ目は「打ち込む人(実践派)」。
中高年の男性が多く、既に中国国内にゴルフ仲間がいて、訪日経験も豊富です。連日プレーし、用具もまとめて買っていきます。この層が比べているのは、中国・海南島のリゾートやタイへのゴルフ旅行です。

ーなるほど。同じ「ゴルフ」でも、動機も予算感もまったく違うのですね。

邱:はい。そして、ここに見落としやすい落とし穴があります。調査員が強調していたのは、「SNSで目立つ層と、お金を使う層は違う」という点です。小紅書に写真を投稿するのは主に映え派の女性たちで、最も単価の高い実践派の男性は、スコアを仲間内のグループチャットで共有する程度で、ほとんど投稿しません。SNSの話題量だけで客層を判断すると、一番単価の高い層を見落としてしまいます。

最大の機会は、人生初ラウンドを「日本で」体験する層

ー3つのタイプの中で、特に注目している層はありますか?

邱:体験派です。この層こそ、日本ならではの機会が大きいと考えています。中国でコースデビューをしようとすると、高い料金に加えて、「知り合いの紹介がないと行きにくい」「作法が分からず恥をかきそう」という心理的なハードルがあります。ところが日本なら、平日1万円前後で回れるうえ、周りに自分を知っている人はいません。

ー「知り合いがいない」ことが、むしろ安心につながるというのは、意外な視点ですね。

邱:そうなんです。だからこそ「人生初のラウンドは日本で」という選択が、気持ちの上で軽くなります。この層が重視するのは、初心者でも回れるか、クラブを借りられるか、教えてくれる人がいるか、中国語の案内があるか、といった点です。調査員は、「中国ではハードルの高いことを、日本でなら"初めて"体験できることに価値がある」と話していました。完成されたサービスを消費するのではなく、「日本だからこそ最初の一歩を踏み出せる」ことそのものが、選ばれる理由になっているのです。

小紅書で広がる"ゴルフのある風景"と、用具を買う楽しみ

ー発信の中心は、どのプラットフォームなのでしょうか?

邱:小紅書です。ゴルフウェアを普段着に取り入れる「Golfcore」や、先ほどの「オールドマネー風」といったファッションの言葉は、まず小紅書で生まれ、そこから旅行・ライフスタイル領域へ広がっていきます。主なハッシュタグは #オールドマネー風、#Golfcore、#富士山 など。ゴルフをしない人まで「ゴルフっぽい」服を日常に取り入れる動きも出ています。

また、日本のコースが"映える"のには理由があります。日本の名門コースの多くは、海外の設計思想に日本の美意識を重ねてつくられてきました。手入れの行き届いた芝に、富士山や海の景色が加わり、誰が撮っても絵になるのです。

ー景色そのものが、旅の目的になっているのですね。

邱:はい。そして、もうひとつの目的が用具の買い物です。プレーをしない人も含め、日本でゴルフ用品を買うこと自体が旅の楽しみになっています。試打設備の整った大型店でまとめて買う人、中古店で掘り出し物を探す人、高級ブランドの旗艦店でフィッティング、つまり体格やスイングに合わせたクラブ調整を受ける人、おしゃれなセレクトショップでウェアを選ぶ人と、目的によって行き先は分かれます。

ここで見えてくるポイントが3つあります。

まず、日本発のゴルフブランドが「本場で買うとお得なもの」として受け止められていること。次に、試打やスイング分析そのものが、買う前の"体験コンテンツ"になっていること。そして、持ち帰りの手間や不安が購入のハードルになっていることです。調査員によると、帰国時に転売目的の購入と見なされないかを気にする声もあり、空港への配送のような「持ち帰りまでの安心感」が店選びの決め手になっているそうです。

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訪日韓国人による"ゴルフ旅"という先行事例

ーこうした動きは、中国だけのものなのでしょうか?

邱:いいえ、一番近い先行事例が訪日韓国人です。韓国も国内のコースが少なく料金が高いという事情を抱えていて、「休暇中に日本へゴルフに行く」旅が既に定着しています。受け入れ側でも、韓国語の予約サイトやカート内の韓国語案内など、対応が進んでいます。コースが少なく料金が高いという構造は中国とよく似ていて、韓国で起きたことは中国でも起こりうる、と考えています。

ーなるほど。隣の市場で起きたことが、次のヒントになるわけですね。

邱:その通りです。もう一つ、中国国内の変化も見逃せません。都市部では室内ゴルフが若い世代の新しい遊び場になっていて、「室内では打ったことがある、次は本物のコースへ」という人が増えています。いわば体験派の予備軍です。ファッションのキーワードは移り変わっても、「中国では高くて始めにくいゴルフを、手頃な日本で」という流れそのものは、簡単にはなくならないと見ています。

訪日中国人の"ゴルフ旅"が示す、マーケティングのヒント

ー最後に、中国向けマーケティングを検討する企業様へ、重要なポイントを教えてください。

邱:まず取り組みやすいのは、服装規定・予約・撮影のルールといった「暗黙のルール」を中国語で発信することです。中国の方にとって、日本のゴルフ場の一番のハードルは、実は料金よりも「暗黙のルールが分からないこと」にあります。ここを丁寧に伝えるだけで、行ってみたいのに不安で踏み出せない人の背中を押せます。

その上で、タイプごとに打ち出し方を変えることが重要です。実践派には、平日の連続した予約枠や送迎など「予約のしやすさ」を。競合は日本の他のコースではなく、海外のゴルフリゾートです。映え派には、夕方の撮影プランやフォトスポットの案内、ウェアのレンタルを。競合は温泉や着物体験です。そして最大のチャンスである体験派には、クラブのレンタル、初心者向けのレッスンや同伴サービス、記念に残るスコアカードや写真を。「人生初のラウンド」という体験は、他の国には真似できない、日本ならではの入口になります。

この構造は、ゴルフだけのものではありません。中国では価格や人間関係、作法のせいで敷居が高いことを、日本で"初めて"体験してもらう。高級寿司のカウンター、茶道、乗馬など、日本には「人生初」の舞台になれるものがたくさんあります。自社の商品やサービスが、誰かの"人生初"になれないか。そこに、インバウンドの最初の一歩が見えてくるのではないでしょうか。


※1 「China confirms it has closed 111 golf courses」Golf Inc. Magazine
https://www.golfincmagazine.com/content/china-confirms-it-has-closed-111-golf-courses
※2 「2026年8月(実行月7月)ゴルフ場利用税 月別ゴルフ場数・課税者数・非課税者数」一般社団法人 日本ゴルフ場経営者協会
https://www.golf-ngk.or.jp/news/2026/riyosya/2026.7riyosya.pdf

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