当社は、インバウンド・アウトバウンド領域におけるマーケティング支援に注力しており、調査・分析を担う「インバウンド消費行動研究室」と、広告主企業のマーケティング支援を担う「インバウンド事業本部」の2つの専門組織を有しています。
本連載では、両組織が蓄積してきた調査研究・マーケティングの知見をもとに、各国の旅行者の行動や価値観、最新のマーケティングトレンドを読み解きます。
第3回はアメリカ市場を取り上げます。アメリカは、訪日客数・消費額ともに拡大を続ける注目市場であり、長期滞在や1人あたりの高い消費額に加え、文化体験や地方観光への関心の高まりが特徴です。
本記事では、アメリカ人観光客ならではの旅行スタイルや消費行動、情報収集の特徴をもとに、2026年のインバウンド戦略のヒントを解説します。
株式会社サイバーエージェント インバウンド事業本部
田辺 万紘
大学時代に1年間カナダへ留学し、現地のアパレルショップで接客を経験。帰国後は、訪日外国人向けのツアーガイドとして活動する。インバウンドマーケティングに興味を持つ企業のマーケティング戦略の立案から現地の感性に合わせたクリエイティブ制作、最適なソリューション提案までを一貫して手がける。
訪日客数・消費額ともに拡大するアメリカ市場の現在地
ーまずは、アメリカ市場の現在地について、訪日客数や消費額の観点から教えてください。
田辺:2025年の訪日アメリカ人客数は前年比21.4%増加の約330万6,800人で、300万人の大台を突破し過去最高を更新しました(※1)。消費額においても1兆1,241億円と非常に高く、中国・台湾に次ぐ第3位です。アジア圏に比べて物理的距離があるにもかかわらず、これほど巨大な市場に成長しているのが現在のアメリカ市場の存在感の大きさです。
ー物理的距離がありながら、アメリカ市場の存在感は非常に大きいのですね。
田辺:そうなんです。アメリカ市場の最大の特徴は、「滞在の長さ」と「1人あたりの支出額」です。訪日客全体の平均支出が約22万円に対し、アメリカ人は約34万円と突出しています(※2)。また、平均滞在日数も10.8日と長く、1回の旅行で日本での消費行動が非常に多い「高付加価値客」が多いのが特徴です。
ー今の日本が目指している「持続可能な観光」の鍵を握る層ですね。
田辺:はい。彼らは単なるショッピング(モノ消費)よりも、地方での文化体験やアウトドア、高級旅館での宿泊といった「体験(コト消費)」に価値を見出します。最近では東京・京都だけでなく、北陸や瀬戸内、北海道など地方へ足を伸ばすリピーターや、SNS・アニメの影響を受けたZ世代の訪日も存在感を高めています。
ーアメリカからの訪日客のピークはいつになりますか?
田辺:アメリカ市場の場合、6月から8月が最大のピークです。アメリカの学校は9月から新学期が始まる場合が多いため、子どもの夏休みがこの時期に集中します。そして子どもだけでなく、アメリカは日本と比べて夏の長期バケーション文化が社会全体に根付いています。そのため社会人であっても家族旅行や帰省のために夏にまとまった休暇を取ることが一般的です。
日本の夏季休暇は実質1週間ほどですが、アメリカ人の夏季休暇は2週間、3週間という単位で取る人も珍しくありません。実際、2025年のデータを見ると、年間で最も訪日アメリカ人が多かった月は6月で、約34.5万人(※3)が来日しています。これは年間を通じての月別最高値です。
ー2026年もアメリカから日本への訪日増加は続く見込みでしょうか?
田辺:はい、勢いはさらに加速し、消費単価や体験内容の面で、より高付加価値化が進む年になると予測しています。2026年の客数は350万〜370万人規模に達する見込みです(※4
)。特に、富裕層向けのプライベートツアーや地方のニッチな体験コンテンツの整備が進んでいるため、1人あたりの消費額はさらに上昇し、35万円の大台を突破すると予想しています。
日本旅行のゴールデンルートから地方体験へ広がる旅のかたち
ーアメリカ人訪日客の旅行スタイルについて教えてください。韓国と台湾からの訪日はリピーターがかなり多いという話がありましたが、アメリカ市場はどうでしょう?
田辺:アメリカは初訪日者が63.2%と多い市場です。円安の影響で日本旅行のコストパフォーマンスが相対的に高まったことに加え、日本旅行に関するコンテンツがアメリカのSNS上でここ数年で一種のトレンドになっています。
ー訪日が初めての場合、旅行コースにも特徴がありそうですね。
田辺:そうですね。初訪日のアメリカ人はまず東京・京都・大阪のいわゆるゴールデンルートを巡るケースが非常に多いです。入国空港のデータを見ると、51.6%(※5)が羽田空港を利用しており、帰国もほぼ同数で、“東京から入って関西エリアを周遊し、再び東京に戻って帰国する”というルートが定番化しています。この旅程を支えているのが「JAPAN RAIL PASS」です。7日・14日・21日から選べるこのパスを使って、新幹線を乗り継ぎながら日本を縦断するスタイルがアメリカ人の間で広く定着しています。
ー旅行スタイルの特徴やゴールデンルート以外で人気のエリアはありますか?
田辺:2回目以降の訪問者や、長期滞在者ほど地方へ足を伸ばす傾向が強まります。エリアは関東だけでなく、北陸・甲信越地方への関心も高まっていますが、中でも今最も注目されているのが広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ「しまなみ海道」です。
しまなみ海道は、CNNで「世界最高のサイクリングルート」として紹介されたことが認知の起点です。それだけではなく、複数の要因が組み合わさり注目度が上がっています。
一つ目は電動アシスト自転車の普及です。しまなみ海道は約70kmのルートで一般的にはサイクリング上級者向けのコースです。電動アシスト自転車の普及により、上級者向けとされていたルートが、初心者でも楽しみやすい体験型観光へと変化しました。もう一つはコロナ後の旅行需要の変化です。コロナ禍を経て、混雑した都市より自然の中で自分のペースで動くことが旅行需要として増えました。また、アメリカ人は「スロー・トラベル」志向であることから、しまなみ海道でのサイクリングは、非常にフィットすると考えられます。
加えて、現地の英語対応やレンタサイクルの乗り捨てシステムなどインフラも整い、「憧れ」が「実際に行ける」場所に変わりました。
ーアメリカの方に人気の日本の体験文化はありますか?
田辺:酒蔵見学が非常に人気です。日本酒自体が、アメリカでも「SAKE」と呼ばれ、飲みやすいお酒として注目が高まっています。それに加えて、アメリカ人が酒蔵を訪れて一番驚くのはその歴史の長さです。400〜500年の歴史を持つ酒蔵が今なお現役で稼働していて、伝統の製法が受け継がれているという事実は、建国からまだ250年ほどのアメリカ人の感覚ではなかなか想像できないスケールで、日本の歴史への敬意と感動を抱く方が多いようです。
ー歴史の厚みへの驚きがあるのですね。ほかにも食文化の体験への印象はありますか?
田辺:王道の寿司や焼肉はもちろんですが、築地のような市場での食べ歩きや、ラーメン店をはしごするといった「旅のスケジュールに食を組み込む」スタイルを楽しむ人がとても多いです。自国でも日本食を食べたことはあるものの、本場との差に感動するケースがほとんどです。
ーコンビニも人気だと聞きます。
田辺:はい。今とても注目されています。24時間いつでもフレッシュな惣菜が買えて、店内でスムージーが作れて、クオリティが高いのに安い。日本のコンビニはアメリカのコンビニとは別物で、カルチャーショックを受ける人が多いんです。
最近SNSで特にバズったのが、たまごサンドイッチやパンケーキにフライドチキンを挟むというホットスナックのアレンジ体験で、これがショート動画で一気に拡散しました。
日本のコンビニのクオリティを称えて「Japan is living in 3050(日本は3050年を生きている)」という表現がSNS上でバズったほどで、それくらい衝撃を受けているということです。
ーとても面白い表現ですね。
田辺:アメリカ人の感覚として本音だと考えています。
日本の日常のインフラやサービスのクオリティが、彼らの想像を超えているということの表れで、これはマーケターとして非常に重要な示唆だと思っています。「特別なアトラクション」ではなく、コンビニや市場といった「日常の場」が最高の体験コンテンツになっている。アメリカ人の日本体験において、これは重要なポイントです。
“価値のあるものに”特別感を抱き、「目的買い」をする消費スタイル
ー消費スタイルにはどのような特徴がありますか?
田辺:最近じわじわと人気になっているのがかっぱ橋道具街です。もともとプロの料理人が道具を買い求める場所として発展した街ですが、今ではインバウンド客にとっても外せないスポットになりつつあります。
アメリカ人が特に購入するのが日本の包丁です。和食ブームにより柔らかい魚のスライスやキャベツの千切りなど繊細な作業ができる日本の包丁の良さが注目されるようになりました。さらにアメリカ人の場合、包丁への関心の背景には先にお話しした「歴史への敬意」があります。職人が手がけるクールな包丁として認識されていますし、TikTokでは日本固有の包丁をテーマにした動画が拡散していて、事前に製品名まで調べてやってくる人も増えています。
ーお土産として選ばれているという側面もありますか?
田辺:アメリカはアジア圏と違って「お土産にお菓子を配る」という文化があまりないんです。家族や親しい友人へのお土産となると、「日本らしく価値のあるもの」を選びたいという意識が強いです。
その結果、日本製のラーメン器やたまご焼き器、ワサビのおろし金といったキッチン用品が選ばれるケースが増えています。自分用と贈り物用、両方の目的でかっぱ橋を訪れているわけです。かっぱ橋はテーマ性の高い専門店街なので、「目的買い」をするアメリカ人との相性が非常に良いんだと思います。
アメリカ人観光客は「自分の趣味や関心に深く刺さるもの」に対しては、労をいとわずに動きます。アメリカ人の「買い物」は「何を買うか」より「どこで何を発見するか」という体験そのものに価値を見出している、という点が共通しているように思います。
憧れはSNSで醸成し、旅行計画はRedditで情報収集
ーアメリカ人観光客は、どのように日本旅行の情報を集めているのでしょうか?
田辺:プラットフォームとしてはTikTok・YouTube・Instagramが主流です。
ただ、アジア各国と比べると、特定のインフルエンサーを熱心にフォローして綿密な旅程や買い物リストを作る、というような細かい事前計画をする人は少ない印象があります。どちらかというと「日本旅行のVlogやショート動画を見て、なんとなく行きたい場所と食べたいものを把握し、現地でも調べながら動く」というスタイルが多いです。また、Redditというサイトも良く活用されています。
ーRedditはどんなサイトでしょうか?
田辺:Redditはアメリカで広く使用されている掲示板型ソーシャルニュースサイトです。
「r/JapanTravel」や「r/VisitJapan」というコミュニティがあり、ここではビザなし渡航の手続き、交通の乗り方、おすすめの宿まで、旅行者が具体的な質問を投稿して他の旅行経験者から回答をもらうという口コミの場として機能しています。
InstagramやTikTokが「感情を動かす」役割を担うとすれば、Redditは「実際に行く前の不安を解消する」場所という棲み分けがあります。特に初訪日のアメリカ人が「何を持って行けばいい?」「SuicaとICOCAどっちがいい?」「大阪から京都は電車で行ける?」といった実用的な質問を投げかけて、コミュニティの先輩旅行者たちが親切に答えていくという文化があります。
TikTokやInstagramで「日本に行きたい」という気持ちに火をつけて、Redditで「本当に行ける」という確信に変え、YouTubeで旅程のイメージを固める、という3段階の情報行動をするアメリカ人が多いと感じています。
ー最後に、アメリカ向けマーケティングを検討する企業様へ、重要なポイントを教えてください。
田辺:アメリカ向けマーケティングでは、「価格」ではなく「納得できる価値」を伝えることが重要です。アメリカ人は1人あたりの消費額が高く、歴史的背景や職人技、希少性、地域ならではのストーリーに価値を感じやすい傾向があります。単に安さや便利さを訴求するのではなく、なぜその体験や商品にお金を払う価値があるのかを、ストーリーとして伝えることが重要です。
また、情報収集では来日前の不安を解消する情報設計が有効です。アメリカ市場では、SNSで興味を持った後、RedditやYouTubeで交通、予約方法、言語対応、所要時間などを確認しながら旅行を具体化する動きが見られます。魅力的なビジュアルだけで終わらせず、「実際に行ける」「迷わず体験できる」と思える実用情報まで整えることが、来訪や購買につながる大きなポイントになります。
アメリカ市場は、距離がある分、訪日への期待値も高い市場です。だからこそ、憧れをつくるだけでなく、その期待に応えられる体験設計と情報設計を両立させることが、今後の成果を左右すると考えています。
※1 日本政府観光局(JNTO)「訪日外客数(2025年12月推計値)」
https://www.jnto.go.jp/news/press/20260121_monthly.html
※2 観光庁「インバウンド消費動向調査(旧 訪日外国人消費動向調査)」
https://www.mlit.go.jp/kankocho/tokei_hakusyo/gaikokujinshohidoko.html
※3 日本政府観光局(JNTO)「時系列推移表 国籍/月別 訪日外客数(2003年~2026年)(PDF)」
https://www.jnto.go.jp/statistics/data/visitors-statistics/
※4 ※3のデータをもとに、2025年実績330.7万人に対し、2026年1〜3月の伸長率(前年比+12.1%)が年間継続した場合を上限(約370.7万人)、伸長率が約半減した場合を下限(約350.5万人)として当社試算。